斬新さがあってこそ、木桶の伝統が活きる

「たまごかけごはんのたれ」や「アイスクリームにかける醤油」など、テレビや雑誌で見聞きしたことはありますか?名前を聞くだけで「なにそれ!」と興味をそそられますよね!これらを販売しているのが「山川醸造株式会社」(岐阜県岐阜市)です。斬新な商品づくりを行っている同社が実は、めちゃくちゃ地道かつ伝統的な“木桶”による製法を死守し続けていることをご存知でしょうか?

山川醸造の外観

醤油が染み込んでいるような味のある本社工場

地元の風土から生まれた“たまり醤油”

山川醸造がつくっているのは「たまり醤油」と「豆味噌」。特に、たまり醤油は東海三県にしかありません。市販でよく出回っているのはいわゆる「濃口醤油」で大豆と小麦を主な原料としています。たまり醤油はというと、ほぼ大豆。大豆だけなのでうま味が増します。また、仕込みに使う水の量が少ないため、とろみのある仕上がりに。その上、2年近くゆっくりと熟成させることにより、素材が絶妙に調和してまろやかな味わいへ。その証として、赤みがかった黒っぽい色味になります。
※たまり醤油について詳しくはこちらから → https://tamariya.com/?mode=f3

山川醸造,たまり醤油,みのび

ところで、そもそも醤油はどのように製造されるのでしょうか?スーパー等で売られている大手メーカーの醤油などの多くは、大豆・小麦でできた麹を発酵させ、これを圧搾することで醤油をつくっています。対して、たまり醤油では麹を熟成させている間、中の水分を循環させるための“汲み掛け”という作業が必要になります。(醤油も攪拌作業はしています)水分量が少ないたまりの麹は味噌に近いため、撹拌させるのもひと苦労。ここで活躍するのが通称“えんとつ”と呼ばれる、木製の四角い筒です。筒の中にたまった醤油を柄杓(ひしゃく)ですくい取って、上から全体にかけ直します。ちなみにこの“えんとつ”を木製で使っている醸造元は非常に少なく、数年前にJASの検査員からも「山川さんでしか見たことがない」と言われたくらい少ないようです!

たまり醤油の木桶のえんとつ

見学用の木桶。中の筒が“えんとつ”です

こうして2年~2年半熟成させたあと、桶の下部に取り付けられた蛇口(この蛇口もたまり醤油用の桶にしかありません!)からたまり醤油を抜き取ります。完全に醤油を引くのに約6ヶ月も要します。これもとろみがあるためです。

たまり醤油の木桶だけにある蛇口

 

木桶じゃないと出せない味がある!

同社では製造工程で昔ながらのスギの木桶を使用。なんと、全国の醤油流通量に占める割合のうち、わずか1%以下のみが木桶仕込みなのです…!木桶の蔵元は全国でも数十件。なぜこれほどまでに少数派なのでしょうか。それは、木桶職人がいなくなってきていることが一つの大きな理由です。かつては、日本酒の醸造で使い終わった木桶を醤油醸造に流用する流れがあったようです。しかし、その日本酒の生産において、ホーローやステンレス製タンクの使用が主流となったことで、新しい木桶も作られなくなり、桶製造の仕事が減るとともに職人も減ってきてしまったようです。

山川さんのところでは現在、製造から100~150年程経過した桶を現役選手として使っており、今でも明治・大正時代に作られた桶が活躍しています。そうは言っても、長く使えば壊れてしまうもの。度々修理が必要になります。自分たちでなんとか補修できるときもありますが、職人でなければ修繕できない状態の場合もあります。あと数十年すれば完全に使えなくなる桶も多く出てくるでしょう。

こうした危うい状況を見かねて、もう樹脂製に変えてしまおうかと思ったこともありました。試しにと、実際に樹脂の桶で2年かけて醤油を醸造したところ、できあがった醤油の分析数値は木桶とほぼ同じ。しかし、風味はまったく異なりました。ふっと鼻を近付けただけで感じるほどの違い。これはやはり木桶で仕込むからこその風味があるのだと実感。この明らかな差は、桶の木材の中にいる酵母などの微生物のためだろうと山川さんは話します。

また、全国に目を向けると、木桶づくりを残そうと“木桶職人復活プロジェクト”なる取り組みが稼働しています。香川県小豆島にある「ヤマロク醤油」が2012年に始めたもので、大阪に唯一残っていた木桶職人から製法を教わり、自分たちで木桶をつくることを目指しました。全国の木桶仕込みをしている醤油屋も徐々に加わり、一緒に桶づくりを行う輪も広がりつつあります。 現在では、社外からの受注に対応できる体制にまで至りました。もちろん、山川さんも発注者の一人。木桶づくりにも参加し、2019年2月には新桶がついにやってきました。なんと、新桶導入は岐阜県の中で戦後初とのこと!ここから新たな歴史が始まるのだなと想像すると、ワクワクを感じずにはいられません!

木桶職人復活プロジェクト

木桶職人復活プロジェクトの様子(山川さん撮影)

商品そのものが営業マン

こうした木桶の状況に加えて、醤油の消費量自体が減少しているという現状もあります。生活必需品として安価に手に入る調味料のイメージが強い醤油。その一方で、山川醸造の醤油は、ここまで紹介してきたとおり、とても手間ひまかけてつくり上げられた逸品。いつもの安いものではなく、上質なものを手にとってもらうためにはどうすればいいか。販売を広げるための人手も十分ではありません。そこで代表の山川さんはひらめきました。

「商品に営業してもらおう」

商品そのものが独り歩きして、ファンをつくる。こうして冒頭で登場したような奇抜な商品群が誕生しました。最近では、「もこもこ泡醤油」や「ふりかける醤油」など次々と新作を生み出しています。他にも、スイーツ店とタッグを組んで醤油スイーツを広めたり、全国から寄せられるコラボ企画にも積極的に協力したりと、常に柔軟な姿勢で精力的に活動しています。

山川醸造の商品

山川醸造の商品

山川醸造のショップ

話題性のある商品開発の裏には、効率的で省人化とは対極にある製法、木桶とともに育む醤油づくりの苦労があります。すべては表裏一体。これこそが山川醸造の真骨頂なのです。

 


山川醸造株式会社
岐阜県岐阜市長良葵町1丁目9番地
058-231-0951
info@tamariya.com
https://tamariya.com/