響け、奈良のスギバイオリン
突然ですが、スギの学名って聞いたことありますか?
「Cryptomeria japonica(クリプトメリア ジャポニカ)」、“隠れた日本の財産”というとてもスギ愛を感じられる名前なんです。日本固有の種で、木材としての加工のしやすさや成長の早さから古くは奈良時代から広く利用されてきたスギは、まさに利用価値の高い宝のような存在だったのですね。
そんなスギですが、まだまだ私たちの知らない価値を隠しているようなのです。スギ材の新たな可能性を生みだそうという「スギバイオリン」。奈良県森林技術センターによる奈良県産優良スギ材を用いた弦楽器開発をご紹介します。
日本で最も古い木材生産県が取り組む、これまでにない楽器づくり
全国有数の木材生産地である奈良県。なかでも吉野地方は日本で最も古い植林の歴史があり、500年以上も前に人の手で木が植えられていたという記録があるほどです。長い年月に渡り手間をかけて育成されてきた奈良のスギは、まっすぐで年輪の幅が細かく均一ということが特徴。高級建材として取り扱われてきた奈良のスギ材ですが、近年では生産量が伸び悩み、新たな木材利用の開発が課題となっていました。
そこで着目したのが「楽器」。スギと同じ針葉樹であるスプルース(トウヒ)という木が用いられることが多いバイオリンの開発がはじまりました。開発にはバイオリン製作家、木材の振動特性の専門家も加わり、用いるスギ材の選定から行われました。
スプルースの場合は天然乾燥10年以上、年輪が細かく通直であることから、同じ観点でスギ材を選出し、さらに振動特性を測定。そうして選び抜かれたのが樹齢約270年の吉野杉でした。
樹齢270年のスギがバイオリンに生まれ変わる
一本のバイオリンには部品ごとに異なる数種類の木材が用いられていますが、日本で製作されるバイオリンでも用いるのは外国産の木材。国産のスギ材を用いるのは全国でも初の試みだと言われています。しかも、バイオリンの音の良し悪しを左右する音を伝える振動体「表板」に用いようというのです。そこに奈良の人たちのスギ材に対する思いが感じられる気がします。
なぜならバイオリンに用いられる木材には楽器用材としての優れた性能はもちろん芸術品のような美しさも求められ、用いる木材の質がバイオリンの価値を決めるといってもおかしくないほど材選びは重要です。そんな高いハードルにも果敢にチャレンジできるのは、奈良のスギ材の品質に対する信頼と誇りがあるからではないかと思うのです。
スギバイオリンで奏でる音楽が街と森をつなぐ
表板のほかにも奈良県産の優良スギ材の特徴を発揮できそうな音の振動を裏板に伝え音響効果を高める「魂柱(こんちゅう)」、音の振動を表板に広げる「バスバー」にも用いて製作が進められ、平成29年1月末に完成したスギバイオリン。楽器としての性能を確かめるため音響試験を行ったところ、スプルースを用いたバイオリンと同程度の空間的な音の放射特性を有していることが認められたそうです。
誕生したばかりでまだ知名度も低いスギバイオリンですが、バイオリンは時を経て魅力を増していく楽器。何百年先の未来には名器と呼ばれているかも、と想像すると夢がありますね。
スギバイオリンを使った演奏会やコンサート、またスギバイオリンに続き製作された奈良のスギ材のビオラ、チェロとの弦楽四重奏の公演も行われるなど、音楽で街と森をつなぐ活動も行われています。
バイオリンは年月の積み重ねや弾きこむことで音色が変っていくそうですから、スギバイオリンの「いま」の響きをぜひ聴いてみたいですね。
参考サイト
・奈良県森林技術センター http://www.nararinshi.pref.nara.jp/h30_1houdou.html